2017年12月25日月曜日

本当に正しいこととは

以前タイに行ったことがあります。

皆さんはタイという国にどのような印象を持たれているでしょうか。
・アユタヤ遺跡・トムヤンクン・常夏の国・ニューハーフが多い…


微笑みの国とも言われ、世界各国から旅行先として人気が高くとても開放的な国で自由に楽しんで暮らしているというイメージが強いのではないでしょうか。

確かに気さくな雰囲気の方が多いですし、魅力溢れる観光地です。

ですが、日本で生活していると想像もできないような社会の裏側というものが存在します。実情は人身売買なども行われ、実際に現地に行くとわかりますが身体の一部が欠損している方が「お金を恵んでほしい」と声掛けする姿も非常に多くみます。首都バンコクの中心地です。

あなたはこの方たちを見て金銭を恵みますか?

 
タイではこの金銭を恵むことが良いこととされており、自分の身に還ってくると考えられています。そのことを逆手に取った組織がビジネスとして、こういう方たちを派遣労働者として毎日一定の場所に配置します。

・自分のために金銭を恵む
 → この方たちの給料となり生活が成り立ち、ビジネスも無くならない。
   (この方たちの給料は一般社会人のそれを上回ることも珍しくない。)
・このようなビジネスが成り立たないよう、金銭は恵まない
 → この方たちの生活は成り立たず生きていけない。

どちらが果たして正しいことなのでしょうか。


社会の根本的な問題に目を向けることで、優しさ・親切といった枠を越えて正道について考えることができるようになるのではと思います。

2017年12月17日日曜日

まわりの人に精神的なメリットを与える

うちのお店の所長は、毎日朝礼時に本を読んでくださいます。

今日も同じように1冊の本の中から1ページ紹介していただき、
今回、私が書きたいことに近かったため、こちらに投稿させていただきたいと思いました。



『まわりの人に精神的なメリットを与える』

精神的なメリットとは、褒める・認める・温かい声をかける・味方になる・・・など

その中に3つの問いかけがあります。
●自分から進んで相手に笑顔を見せているだろうか
●自分から進んで相手に声をかけているだろうか
●自分から進んで相手の自己肯定感を高める行動をしているだろうか

皆さんは自分自身を振り返ったときに、どのくらい出来ていると思いますか。


私が学生時代の時に、バイト先の先輩で、どんなに忙しい時でも
食器を片付けて持って行ったときに 「ありがとう(^^)」
お客様から伺った注文を伝えたときに 「ありがとう(*^^)v」
など、笑顔でいつも言ってくれていたことを思い出しました。

私自身、恥ずかしながら社会人になりたての頃は、「ありがとう」という言葉をなかなか声に出せない性格でした。

今では、その頃よりは素直に言えていると自負しています。

でもまだまだ足りないと感じています。

バイト時代に出会った先輩のように 笑顔で「ありがとう(*^^*)」と言えるように、
これからも自分自身を成長させていきたいと思っています!

2017年12月11日月曜日

何年経っても消えない「親切」の思い出


私が小学生の頃の話。

 

自宅で家族全員でテレビを見ながら寛いでいた昼間の出来事です。

 

ふと気がつくと、まだ3歳になる前の弟の姿が見当たりません。

名前を呼んでも返事はなく、家中を探しても見つからない。

 

家族全員で近所を探しました。

2の子供が一人で行けると思われる場所を。

 

しかし、近所の公園や、ご近所の家を尋ねても何処にもいませんでした。

 

弟が戻ってくるかもしれないと家に祖父母を残し、両親と姉妹で範囲を広げて探すことにしました。

 

すると弟がいなくなった事を知ったご近所の人達が心配して集まってくれて
手分けして家族と一緒に弟を探してくれました。

 

暫く探した後、母が「もしかしたら駅前のスーパーかもしれない」と駅の方へと走り出しました。

 

駅前の大型スーパーは、踏切を越えた駅の反対側にあり、大人でも徒歩で15は掛かるのに
2の子供が一人で行くはずがないと私は思いました。

 

走る母の後ろを追いかけてついていくと、道の向こうから小さな子供が一人、テクテクと歩いてきました。

 

弟でした。

 

手には、大事そうにお菓子の付いた車のオモチャを抱えていました。

 

「お店から持ってきちゃったの?」と私が聞くと

 

「おばちゃんがくれた (^^とニコニコしていました。

 

たしかにオモチャには、会計が済んだ印のテープが貼ってありました。

誰かが買ってくれたものだと思いますが、
結局、何処のおばちゃんが買ってくれたのかは分かりませんでした。

 

きっと一人で冒険に出たものの、我に返った時に不安で泣いていたので、
優しい何処かの「おばちゃん」が買ってくれたのだと思います。

 

弟を連れて家に帰ると、一緒になって探してくれていた近所の人達も心配して待っていてくれました。

 

休日に車で行くことの多い駅前のスーパーですが、
平日に母と何度か歩いて買物に行っているうちに、弟は自然と道順を覚えていたのでしょう。

 

2の子供が一人で行ったことに大人達は皆、驚いていましたが、
自慢げな顔で嬉しそうにオモチャを見せて回る弟に気が抜けた様子で「良かったね」と微笑んでいました。



自分の家族でもないのに、心配して一緒に探してくれたご近所の人達や、オモチャを買ってくれた優しい「おばちゃん」に家族みんなが感謝した一日でした。


 


 

2017年12月3日日曜日

「ぼやけた彼女の顔」

私事の話なのですが。

今年の夏、妻に「癌(がん)」が見つかりました。

最初は、「少し体調が悪い・・・」などと妻が言うもので
心配も多少しかせず「とりあえず検査でもしてみたら?」と
ちょっとした疲労からくるものだと思い一声かける程度でした。

それから少しして、検査に行った妻は
案の定、腸にポリープが見つかり内視鏡での手術が必要だという事でした。

なんだか心配が込み上げては来ましたが

妻は「まぁ、2,3日くらいで退院できるって言うし」
「その間、こども達の事よろしくね」っと言って、たいした事ないくらいに言いました。
私は「とりあえず、夏季休暇に合わせればこどもの心配はいらないか」と
珍しくパパっぽい事を言ってみたところ。
妻は「大丈夫かなぁ・・・」と私の子守の心配なんかするほど余裕がありました。

それから時間は過ぎ、手術に向けて再検査・・・
というより、一度目の時にしっかり検査がしきれなかったので
念のため、またまた内視鏡での検査に妻は「いやだよぅぅぅ・・・」と
内臓物をクリアにするために、なんでも色々飲んだり我慢したりしなくてはならないらしく
項垂れていた姿を少し笑いながら「頑張って」と応援していました。

夏季休暇も入院日と予定通りとれそうだったので、あとは早く良くなれば

そう思っていた矢先

妻の再検査の結果を聞き、私は「え・・・?」と
言葉が出ていたか出ていないかは覚えていません。

検査結果は「癌(がん)」でした。
上行結腸にできたポリープに腫瘍が見つかり身体に穴をあけ
そこから器具を入れて切除する、とのことでした。

手術予定も変更

内科から外科への手術となり入院から退院まで約20日と
突然の出来事で、只々「・・・・(なぜ?)」と考え込むことしかできませんでした。

手術の予定も定まらず、早くどうにかしてほしい気持ちと
そんなに都合よく手術ができないことから
色々なストレスを感じていたのは今でも覚えています。

そんな時、外科担当医からお話があり、34件目の手術で良ければと言われ
迷うことなくお願いをしました。

夏季休暇、こどもを保育園に預け妻と話をしました。

こどものこと・仕事のこと・お金のこと
入院する前にしたいこと・退院したらしたいこと。

結婚してから、こんなに真面目に話したことあったかなと思うほど
たくさん話をした気がしました。

お互い、職場への報告をして
わたしは、妻の入院中は時間短縮での許可を頂き、こどもの送り迎えと、夕飯を共にし
妻は手術に専念することにしました。

妻の入院中、こどもたちはというと
次女(2)はあまり手がかからず、何か食べ物があれば満足していました。
しかし、長女(5)は流石に母の居ないことの理解があり
毎日、私が妻の入院する病院に立ち寄り交換日記をすることにしました。

妻は次女には「コレだーれだ?」とキャラクターの絵を書いて
  長女には「ママが退院したらなにしたい?」「どこに行きたい?」などど
日記に書き、娘にわたしがそれを読んで、長女の言葉を日記に書き写しました。

ある日、長女が言った言葉にわたしは、ふと目の前がぼやけました。
「ママが頑張ってるから・・・今は我慢するの頑張る。」

少し涙をにこらえ、目元を赤くしながら小さな腕で目をこする姿に
わたしは思わず、ギュッと娘を抱きしめて
「パパにはなんでも言っていいからねと」言いながら
次に彼女の顔を見た時には顔がにじんでよく覚えていません。

娘が何も言わず、わたしの胸に顔を寄せ震えていたことは忘れもしません。


早期発見、短期間での手術のおかげで
妻は、無事に退院。

今は今後再発していないかの確認のため5年間の通院をすることになり
帰宅した妻に、長女は顔を見るなりギュッと抱きつき
我慢していた涙をポツポツ流すと

妻は笑顔で「頑張ったね」「もぅ我慢しなくていいよ」と言うなり
娘は声をあげて泣きじゃくりました。

今回の件で、家族、友人、職場、保育園の先生、病院の方々にとても支えてもらい
改めて人の親切に感謝する機会が沢山ありました。

人の支えが、こんなにもありがたいと実感できたのも
不幸にも幸い、いつも誰かが支えになってくれたおかげで
今日も妻とこどもの笑顔見ていられることに感謝します。


これからも家族とともに
人を思う気持ち、人に対する気持ちを大切に
生きていければと思います。

親身になってくれた、親切にしてくれた皆様にお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。


2017年11月26日日曜日

マスク大国

日本では約100年前(大正)にインフルエンザの大流行によりマスクが普及し始め、

主に

<感染(他人からの感染、他人への感染)予防>

<花粉症対策>などを目的として使用されており、

近隣のアジア諸国では

<大気汚染対策>や<オートバイ運転中の排気ガス対策>などとして使用されていることが多いそうです。

 

 

先日、マスクで驚くことがありました。

 

私の母が風邪をひきまして・・

しかも、海外旅行の前日に・・・・

母は体調の優れないまま、友人とアメリカへ行き、数日後には体調も回復して戻ってきました。

 

私は母へ体調は大丈夫だったのかと尋ねると、

「大丈夫だよ。ただ驚いたことがあって、友達に風邪がうつらないようにマスクをして生活していたら、アメリカ人の店員さんに『オーマイガー!』なんて言われるし、

通りすがりの人もびっくりしてこっちを見てくるんだよ」と言っておりました。

ちなみに、アメリカではマスクをしていると、<大変な病気をもっている人>と見られているそうです。

 

皆様も感染(他人からの感染)予防としてマスクを使うこともあるかと思いますが、

自分が風邪になったら『感染を広めないように』マスクを使用することも多いのではないでしょか?

世界では、ファッションにうるさい日本人が電車の中や風邪の時などにマスクをしているはお洒落ではないし、空気も汚れていないのに、と不思議に感じるそうです。
 
 

あえて言わせて頂きたい

マスクは周りへの気遣いなのです!!!

 

と。

 

朝晩冷え込む日が続いております。

皆様、風邪にはどうぞお気をつけください。

2017年11月20日月曜日

親切心


ある日、母と2人で車で買い物に向かっていたときの話です。

交差点で信号待ちをしていたところ
ふと隣をみると、年配の女性が道端で倒れていました

おそらく自転車に乗っていて転んでしまったようでした。


慌てて母と車から降り、女性のもとにむかうと

幸い大きな怪我はなさそうでしたが、
気が動転していたのか、会話がしどろもどろの状態でした

念の為にと救急車をよび、待っている間
母はずっと女性に話かけていました。


私の母はとにかく明るくて、そしてとにかくおしゃべりが好きで、
知らない人でも憶することなく誰にでも話かけ、
誰とでも仲良くなれてしまう人です。

対照的に私は人見知りの性格で
思春期の頃などは、知らない人に話かける母と一緒に出掛けるのを避けていたこともありました。

ただその時、

だんだんと会話をしていくうちに、
安心したのか笑顔をみせる女性をみていると

私の母はすごいなと改めて思うようになりました。

私もそこまでできなくでも
困っている人がいたら自分から話かけていける人になれたらと思いました。









2017年11月13日月曜日

ほんの少しの気遣い。



私の所属している店舗では「挨拶月間」という名目で挨拶に対する取組を行っております。 

私は、営業という職業柄お客様にお会いした際には、「いらっしゃいませ。」、「こんにちは。」

社内では「おはようございます。」、「お疲れ様です。」、「お先に失礼します。」

など、相手が誰であれ、決まり文句のような挨拶をしていたような気がします。

と、言うのも先日立ち寄ったコンビニで買い物をし、清算を終えた時の事です。

いつもなら「ありがとうございました。」と言われるのが当たり前ですが、

清算をしてくれた女性のスタッフは「今日もお疲れ様でした、お気をつけてお帰りください。」

と見送ってくれたのです。「ありがとうございました。」と見送られれば、

いつも通り何も気にすることはなかったと思いますが、

私は何故か妙に暖かい気持ちになりその場を立ち去り家路につきました。

また、別の日に事です。その日は少し頭痛があり薬局屋で頭痛薬を購入した時の事です。

清算を終え、立ち去ろうとした時に、お会計をしてくれた女性スタッフが「お大事になさって下さい。」

そう声を掛けてくれました。この時も何故か私は暖かい気持ちになりました。

こんな事が、2回続けてあったものですから、私も何故なんだろうと考えていました。

恐らくではありますが、相手の様子や状況を考慮したうえで

自然にしている挨拶なのではないかと思います。

ほんの少しの気遣いや心掛けで挨拶する相手が気持ち良く過ごせるのであれば、

私も、ただ通り一片の挨拶ではなく、相手の様子や状況を理解する

ほんの少しの小さな親切心をもった挨拶を心掛けていきたいと思います。

2017年11月9日木曜日

「馴れ合い」


 
私には小学1年生の子供がいます。

子供にはよく、“あいさつはしっかりしなさい”と言っています。

物をもらったときには、“ありがとうと言いなさい”と言っています。

 

 

先日、妻に物を取ってもらったときに、何も言わずに受け取ると

“パパ、ありがとうは?”と子供に言われてしまいました。

 

 

その時ハッとしてしまったのですが

自分の子供には“あいさつはしっかりしなさい” “ありがとうと言いなさい”と言ってはいるものの
  妻には“ありがとう”を言えていなかったのです。

 

 

一番近くにいて、一番長く一緒にいることで
         「馴れ合い』になっていたのかもしれません。

 

今一度、家族や同僚など「馴れ合い」になっていないか振り返り
       “あいさつ・ありがとう”の大切さを思い出したいと感じました。

 

 

2017年11月2日木曜日

親切の処方箋


今日は、ブログを書くにあたり親切心について振り返ってみました。

振り返ってみると自分の心に余裕がなく、親切心とは程遠い状態だと気付きました。

そこで『人に親切になれない時の対処法』と検索してみました。

要約してみると

○自分の自信、自尊心を大切にする。
○小さいことでも感謝の気持ちをもつ。
○体調が悪い、体がつかれているときは余裕がなくなるもの
 ゆっくり休養をとる。


やはり全ては自分の心に余裕がなくなることが原因で、心が満たされていれば人に親切に
できると言う事ですね。

皆さんも日々の生活で感謝の心を忘れず、自尊心を大切に自信を深め、体調管理に気をつけ心に余裕を持ちましょう。

心に余裕を持つことは『自分の責任』!!



今回は反省ブログでした。




2017年10月21日土曜日

最近の交通事情

ここ最近道路上における車同士のいざこざによる事故の報道がとても多いですね。
先日、高速道路上にて痛ましい事故があってからというもの、テレビで危険運転の報道が
連日流れています。内容を聞くと原因は本当に些細な事が多い様です。
一番多いのは道を譲る、譲らないでもめるケースです。確かに合流の時に車間距離を詰めて絶対に自分の前に入れないようにする人、いますよね。
私は大体一台分は開けて譲る様にしていますし、そのような運転をしていると他のドライバーさんからも道を譲って頂く事も多いです。
これからも運転する際は焦らずに親切心を心掛け運転できればと思います。


たった一言


入社一年目のある日、
営業部では自分ひとりだけが出社の日がありました。
他の先輩方は各々の諸事情でどうしても休まなくてはなりませんでした。


全くの新人であった自分は、「自分ではわからない問い合わせがお客様から来たらどうしよう。」
と相談をすることが出来ない状況に、ものすごく不安でした。


そんなことを思っている時に、休んでいるはずの先輩から、
「今日、何かあった? 大丈夫? 何かあったら連絡しなよ。」
とわざわざ休みの日に電話をしてきてくれました。

「大丈夫です。何かあったら電話します。」
と言い、電話を切ると気持ちがとても楽になりました。


先輩にとっては、新人がひとりで店番をしている状況が心配なだけで電話を掛けたのかもしれませんが、私は、それから数年たった今でもそのたった一言を忘れずに覚えています。


誰かにされた気遣いはずっと心に残るものなんだな、と改めて思いました。


2017年10月9日月曜日

確率



最近、日常の「確率」について調べてみました。
 
  • 隕石に当たる確率・・・・・・・・・・・・・約1/100億
  • カジノで億万長者になる確率・・・・・・・・約1/6千万
  • ジャンボ宝くじの1等の当選確率・・・・・・ 約1/1千万
  • 四葉のクローバーができる確率・・・・・・・約1/10万
  • 自動販売機で当たりの出る確率・・・・・・・約1/50
  • ガリガリ君の当たりが出る確率・・・・・・・約1/25
 
  • あなたが産まれてきた確率・・・・・・・・・約1/3億
  • 知らない人と新しい出会いが発生する確率・・約1/74億
 
そうです。この数字を見ると、今の時代を生きている事と新しい出会いが発生する確率は、
億万長者になる事や宝くじが当たる事より低く、奇跡的な事なのです。
 
当たり前すぎて、つい忘れていますが、今日を健康で生きている事と、
毎日、色々な人と出会いのあるこの仕事をしている事に感謝しております。
 
 
また、家族・友達・お客様・一緒に働いているスタッフ等、1/74億の出会いに感謝し、
これから会う、新しい人達の出会いも大事にしていきたいと「確率」を見て実感しました。












2017年10月2日月曜日

♯風邪♯季節の変わり目♯優しさ♯頑張ろう

拝啓 めっきり秋めいてまいりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。

「季節の変わり目には体調を崩す」とは良く言ったもので…。
かくいう私は、春に続いて現在体調不良気味…。

実際に聞く「季節の変わり目」という時期は、寒暖差が激しい時です。
朝晩の寒暖差も大きいため、体へ大きなストレスがかかります。

その時期は、就職・転職・部署移動・進級進学…など、環境の変化も多い時期。
環境の変化は心への大きなストレスとなります。
外的要因が重なり、自律神経の乱れ、いわゆる「自律神経失調症」です。

体調不良が重なり、人によって症状もさまざま。
複数の症状が同時に出ることが多く、天気やその日の気分によって症状が良くなったりも悪くなったりもするというメカニズム…、なんて学生時代に教わった様な…。

皆さんはどんな予防をされていますか。
免疫力が落ちると風邪を引きやすくなるらしい。
だから免疫力が高まるネギ、生姜、舞茸を普段から食べるとよいとか。

少しぐらいの寒さなら厚着しないで、寒さに慣れた方がいいとか。
筋肉量が少ないと冷えやすくなるから首にはストールやマフラーを巻くと良いとか。
靴下はハイソックスに。風が強い日は手袋をつけて素肌に風を当てない様に。

歌手の方は普段から水分をたくさん摂取されることも対策だそうですね。
激しい寒暖差は、神経が乱れやすく、頻繁な体温・発汗の調整を余儀なくされるので体内循環を良くして、ウイルスも流れやすくする様です。

そんな私の子供の頃、親からはいつも帰ったら手洗いうがいとよく言われたものです。
大人になった今でも心掛けているのですが…。

ですがこんな時に気にかけて頂ける職場の皆さんの優しさを特に感じる時でもあるのです。
「医者は行った?」「それあと引き継ぐよ」「さっさと帰れよ」「大丈夫ですか?」
なんて一言が嬉しく思える。だからまた頑張ろうと思う。自分も気にかけてあげようと思える。

まだ少し幸せな場所にいる。

早く治して頑張ろう。

2017年9月25日月曜日

親切心の今と昔


「親切心」をはじめて、早3年。親切心に向き合って始めは、意識的に行っていたことも
今では習慣化して人のためにと、思いやる心が強くなった気がします。


親切心について調べていると、「日本人の親切 今と昔」という記事を見つけました。

【昭和38年の親切】

・とても混みあって銭湯に座れずに困っているおばあさんのために、
 空いた場所を見つけ、背中を流してあげた (小学5年生の女子)

 ・両手に大きい風呂敷を持ってあるいているおばさんに、
 「荷物を持ってあげましょう」と声をかけ、たずねる家まで送っていった (中学2年生の男子)

・コンクリート土管の上で遊んでいた6歳の男の子が転んで怪我をしたのを見かけ、
 医者に運ぶ一方で、その子の母親にも連絡した(中学3年生の男子)

・踏切で、耳の聞こえにくいおばさんが、汽車が来てるのに気づかずに歩いていたところを助けた。
 その後、おとしよりの安全のために、夜7時半から10時まで踏切の番をしている (50代の男性)


【近年の親切心】

・居酒屋で飲食中の男性が心配停止した場面に直面し、心臓マッサージや気道確保、
 近くのお店から借りたAEDで救命措置を施し蘇生させた (3人の看護師さん)

・学習の一環として1年かけて栽培した青菜を漬物にして販売、
 収益金を盲導犬の育成に寄付をした (小学5年生のとあるクラス)

・元看護師の資格を生かして、血圧測定や健康相談をボランティアで行っている (78歳の女性)

・客として訪れた銀行で、車椅子で来店した別のお客さんの補助や手助けなどを行員より先に行った 
(26歳の男性)



親切の対象者が子どもや高齢者に多い昔に比べ、近年では身近に困っている人はもちろんのこと、
困っている誰かのためにと、「福祉施設への慰問活動」「観光客に楽しんでもらうためのボランティア活動(清掃・ガイド)」「被災地域に対するボランティア活動(東日本大震災以降)」
など社会的貢献活動を進んでする方が増えているそうです。


これからもそんな社会に少しでも携わっていきたいなと思う記事でした。

2017年9月17日日曜日

繋がる親切


私は以前から、よく物を無くす癖があります。

鞄や携帯電話などは幾度となく置き忘れています。

無くした時は、不安と後悔の気持ちでいっぱいになります。

しかし、その都度必ずと言っていいくらい見つかるのです。

親切な方が交番に届けてくれるのです。

日本に生まれて、日本で育った私はそれが当たり前のように感じていました。

 

先日、友達の紹介で知り合った外国の方にその話をしたところ、

「自分の国では、まず出できません。無くしたらあきらめるしかないです。」

と言っていました。

自らが置き忘れをしなくても、少し目を離した隙に置き引きにあう事も日常的にあるとも言っていました。

 

そんな話があった数日後、自宅の近くで携帯電話を拾いました。

普段無くすことはあっても、拾う事は中々ない私ですが、迷う事なく駅前の交番に届けました。そこは、二度ほど無くした物を受け取り行ったことのある行きつけの交番です。

いつもは、申し訳ない気持ちで入っていくのですが、今回は堂々と入れました。

その時の気持ちは、以前助けていただいた恩返しという気持ちだったかと思います。

 

以前していただいた親切があったから、自然に自分も行動できたのだと思いました。今後もいただいた親切を繋いでいく行いをしたいと思います。